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2006/04/23

花の寺で考える、日本を愛するってことは、どういうことなんだろう。

先日紹介した京都は西山の“花の寺”勝持寺

例えば、境内奥の、本坊的な清虚亭と呼ばれる
抹茶席の一角の扉に、こんな透かし彫り(?)が。

Dsc05233

この美意識。
これこそが、日本。

さて、当blogでは、賛否の分かれる時事問題は、
あんまり扱わないようにしている。
しょせん、私の思考のレベルは低いからね。

ただ、今回、勝持寺を訪ねて、ちょっと考え込ん
でしまった。
そのきっかけは、コレ、

Dsc05257

仁王門から上る参道Dsc05256_1の途中を、
京都第2外環状道路が横切るというもの。

今回、自民党と公明党の間で教育基本法の改正
に“愛国心”を記述する、ということで合意した。

私は、日本人に対して、何らかのパトリオティズム
(「愛国心」と言う表現が正しいかどうかは大いに
疑問だが)を持ってほしいと思う。
ただ、それを政府が教育基本法という法律の中で
表記することについてはやや疑問に思っている。

それは置いておいて、こういったところで表記され
る“愛国心”って、具体的にどういうことを言ってい
るのだろう。

私は、日本を愛しているつもりだ。
長い日本の歴史の中で作り出され、愛され、守ら
れて、今に残っている文化や風土を愛している。

この大原野という平安の時代から貴族に愛されて
きた風土も、守りたいと思う。

だから、この道路開発にはやはり腹が立つ。

以前、円通寺のエントリーの際にも書いたが、過去
の日本人が作り出し、愛して、守ってきた、まさしく
“日本ならでは”の文化的景観を守れなくて、何が
国を愛するだ、と思ってしまう。

貴重な文化風土を破壊する開発に、各地方の文化
風土の個別性を消し去る全国一律の開発に邁進し
てきた政府が、“愛国”を言うのに対しては、「どの
口がそれを言うのか」と思ってしまう。

愛国のスタートは、まずは、多くの先人が愛してきた
日本各地の文化風土を守ることからだ。

特に、日本文化のふるさととも言える京都を守らな
くて、どうするんだよ。

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