サッカーと野球の世界普及の違いについて、一点考慮しなければならないこと①
よくある野球という競技に対する批判として、世界中での普及率の低さの指摘があります。
野球がポピュラーな国は、アメリカ、カリブ海・中米諸国、それに日本含む東アジア(それでも、中国は含まれない!)程度であり、それ以外の国では、まったく見向きもされません。
一方、サッカー=FIFAに加盟する国・地域は200を超え国連加盟国よりも多い(英国が、イングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドに分かれている限り、絶対に国連加盟国よりも多くなっていまう)というのは有名な話です。
(ただ、今やバレーボール=FIVBやバスケットボール=FIBAに加盟する国・地域はFIFAを超えるとも言います)
実際、予選参加国・地域は、サッカーのワールドカップの場合約200に対し、野球のWBCは予選すらなく本大会出場16カ国のみ。
だから、野球で「世界」などと言うのはおこがましいと言われてしまう訳です。
たしかに、この現状の普及度の違い、これはもう否定しきれない事実です。
そして、この普及度の違いこそが、サッカーと野球の、スポーツとしての魅力の違いの証左である、ということが言われる訳です。
さて、もし、野球派を応援してあげようと思ったとしても、この指摘はなかなか否定しづらいですよね。
敢えて言えるとすれば、「世界のGDPの28%のアメリカと11%の日本で人気なんだから、スポーツビジネスとして考えれば世界の4割弱がマーケットなんだから、良いじゃないか」くらいかなぁ。
ただ、過去の歴史的経緯として、サッカーと野球に世界的な普及度に大きな差があるという理由として、考慮しなければならない点が一点だけはあるように思います。
それは、サッカー及び野球の創生期当時の、イギリスとアメリカとの経済発展と世界への影響力の違いです。
実は、サッカーと野球は、ルールがある程度確立して、現在のような近代スポーツとして成立したのは、ともに19世紀中ごろと、ほぼ同時期であると言っても良いでしょう。
(クリケットがどうやら近代スポーツとしてのルール成立はもっとも早いようです。ラグビーはサッカーとほぼ同時期に。バスケットボールやバレーボールはもう少し遅くて、19世紀末ごろとも言われているようです)
当然、これらのスポーツが成立し始めた頃から、普及ということは課題になってきました。
それは、まずは、試合を楽しみたいので、対戦相手は多くなった方が良い。
そのため、同じルールで、同じ競技をする仲間を増やしたい、という動機から為されてきました。
そして、この19世紀中ごろから末にかけて(もう少し長く設定すれば、第一次世界大戦まで)の時期、イギリスは、まさに、非公式帝国を含む“世界に冠たる大英帝国”だったのです。
世界中に植民地を持ち、一カ国で世界中の貿易量の25%に達し、世界全体の外国投資の40%をイギリス人が所有。貿易や金融、植民地経営のビジネスのために世界中にイギリス人が在住し、その保護のために軍隊もまた世界中に駐屯するという状態でした。
よって、世界各地に散ったイギリス人は、その出先で、イギリス発祥のスポーツを行うクラブをつくりました。
例えば、ACミランは、アルフレッド・エドワーズを中心とするミラノ在住の3人のイギリス人が「ミラン・クリケット・アンド・フットボール・クラブ」として、1899年に創設されました。
スイスでは、グラスホッパー・クラブ・チューリヒがイギリス人留学生トム・E・グリフィスによって1886年に創設され、他にも、デンマークのKBコペンハーゲンやポルトガルのリスボンFCなど、それぞれの国で最古のクラブは、その土地に在住したイギリス人の手になる創設です。
さらに、スペインでは、マドリーよりも、バルサよりも歴史の長い名門アスレチック・ビルバオが、移住したイギリス人を中心としてつくられました。そのため、スペインのチームなのに「アスレチック」という英語読みなのです。
サッカー王国ブラジルでも、イギリス人の鉄道技師の父とブラジル人の母を持つチャールズ・ミラーが、教育のために留学したイギリスの寄宿学校からの帰国時に、サッカーボールとルールを持ち帰り、サンパウロ・アスレチッククラブ(クリケットのために在住イギリス人がつくったクラブ)で種目に加えてもらったのが、ブラジル・サッカーの発端なのです。
⇒②に続く
野球批判派の代表格としての「日本の国民的スポーツは野球か?それともサッカーか?」の最新エントリーにTBしておきます。
| 固定リンク
この記事へのコメントは終了しました。
コメント