“混乱”って、悪いことなんだろうか(2)
一方、北京五輪聖火リレーについては、中国のチベット民族への武力弾圧(をはじめとする、周縁の少数民族=非漢民族政策の問題)、さらにはダルフールへの武器供与問題。加えて日本にとっては尖閣諸島の領土問題などといった問題がある訳です。
ですから、この機会に、それらの問題に関係する、なんらかの意思表示(暴力的行為は別にして)にともなう“衝突”はあっても、それは当然なことで、何も問題ないのではあろうか。
また、中国側の聖火警備隊の行動などは、どう見ても各国警備主体への権限侵害=国家主権侵害ですから、あれによって“秩序”だった聖火リレーが担保されるのであれば、それは逆に問題でしょう。
にもかかわらず、間近に迫った長野での聖火リレーについて、多くの報道が、「混乱無く終わればよいですね」などという表現をしています。
とりあえず表面上つつがなく進みさえすれば、事象の背景の問題の有無に関係なく、それを“混乱無く”と、報道は肯定的に伝えるのでしょうか?
それは、まさしく「事なかれ主義」ではないでしょうか。
日本社会の全体的な傾向として、どうも“混乱”を批判的にとらえる傾向があるように思います。
たしかに、私自身も“混乱”に打たれ弱いところがあり、ついつい忌避してしまいがちですので、人のことは言えません。
でも、冷静に考えれば、“混乱”の中には、たしかに悪い混乱もありますが、良い混乱もあると思います。
逆に、事態の進行が平穏でよいこともあるけれど、悪い平穏もあると思います。
もし、ある事象にともない、表面上“混乱”したとしても、その事象の背景に問題が無い、いや、むしろ何かの正当な理由、妥当性があるのであれば、産みの苦しみ、必然としての混乱として、前向きに評価すべきではないかと思います。
逆に、たとえ表面上つつがなく“混乱”なく事態が進行しても、その事象の背景に問題があれば、それはきちんと指摘すべきなのでしょう。
“混乱”がないから良い、“混乱”がおこったからいけないという単純な二分法ではなく、その事象の背景をきちんと伝えてほしいものです。
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コメント
中国人に4人、けが人が出たことをどう考えるのか?
投稿 aaa | 2008/04/26 21:19