« 決戦、第2弾 | トップページ | 男子サッカー日本代表、決戦は金曜日(日本時間) »

2010/06/23

広島市内の国宝建築・不動院

広島市は、日本の歴史史上でももっとも悲劇的な、原爆被投下による都市壊滅という経験を経た都市である。

広島自体は、毛利氏の居城として広島城が築かれて以来、安芸の藩都として、歴史が重ねられてきた街であるが、原爆でいったん都市の歴史の蓄積がほぼリセットされてしまった。ということで、現在の広島市の街の建築は、第二次世界大戦後しか積み重ねられていない訳です。

Dsc00002

例えば、広島駅前の新広島球場なんかは、なかなか興味深い建築ではある。

 

Dsc03100Dsc03111

戦後日本を代表する建築家である丹下健三の傑作であり、広島の平和への希求の精神を表現する広島平和記念資料館(戦後建築としていち早く重要文化財に指定)に、原爆という惨事を経て現在までその姿を残し、世界遺産ともなっている近代建築である原爆ドームなどが、広島市内の歴史を感じさせる建築遺産である。

しかし、そんな広島市内で、唯一、室町時代の遺構を残した古刹がある。

Dsc04091

広島市の市街地から太田川の上流にさかのぼったところ、広島駅の北側の山の裏手(北側)のアストラムライン不動院前駅に、その寺院はあります。

 

それが、創建年代や由緒については諸説あるものの、開基が行基とも伝えられ、少なくとも平安時代には創建されていたと推察されている、広島市内の古刹、不動院です。

Dsc04092

不動院は、『芸藩通史』に、室町時代初期の足利尊氏が全国60余州に制定した安国寺として記され、安芸国守護武田氏の菩提寺として繁栄したと伝えられている。

戦国時代に戦火により伽藍が焼失したが、広島を基盤とした毛利家の使僧である安国寺恵瓊により復興されたという。

Dsc04093

その後、江戸時代に浅野家が安芸に入国後、禅宗から真言宗に宗派が改められ、不動明王が本尊と言うこともあり、不動院と名が改められた。

Dsc04094

不動院前駅から参道を歩いていくと、その突き当たりに楼門がある。
三間一戸二階二重門、入母屋造本瓦葺。
文禄の役に従軍した安国寺恵瓊が朝鮮から良材を持ち帰り、建立したものと伝えらる、重厚な山門である。

Dsc04098

桁行三間梁間二間、重層袴腰付、入母屋造柿葺、朱塗りの柱材が鮮やかな鐘楼。永亨五年(1433)に建立され、内部には安国寺恵瓊が当時の朝鮮から持ち帰ったと伝えられる高麗初期の名鐘が収められています。

人気ブログランキングへ

Dsc04096

そして、不動院の中心である金堂。

Dsc04097

現存の中世禅宗仏殿としては、最大規模を誇る不動院金堂。

五間四方、正面一間通り吹き放し、単層入母屋造杮葺に裳階をつけた雄大な建築です。

Dsc04099

海老紅梁、大瓶束などの彫刻や詰組に繊細な唐様の手法が用いられており、室町時代の禅宗建築の特徴がよくあらわれている。

Dsc04105

一間の吹き放しが、軽やかな雰囲気をかもしだしている。

Dsc04104

火頭窓も、禅宗様建築の特徴のひとつです。

Dsc04107

Dsc04106

屋根と裳階の軒先の垂木の構成と反りが、華美に流れすぎず、のびやかさと荘重な雰囲気を両立している。

Dsc04103

京都や鎌倉にあっても、遜色のない、すばらしい禅宗様の建築であり、広島市内の原爆/平和関係の近現代建築から足を伸ばすだけの価値のあるものです。

人気ブログランキングへ

|

« 決戦、第2弾 | トップページ | 男子サッカー日本代表、決戦は金曜日(日本時間) »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/44021/47570988

この記事へのトラックバック一覧です: 広島市内の国宝建築・不動院:

» 卒業式袴はかまレンタル情報ナビ [卒業式袴はかまレンタル情報ナビ]
卒業式袴はかまレンタルの情報です。 [続きを読む]

受信: 2010/06/23 16:39

« 決戦、第2弾 | トップページ | 男子サッカー日本代表、決戦は金曜日(日本時間) »