8/29、8/30に豊田スタジアムでおこなわれました「松井玲奈・SKE48卒業コンサート in 豊田スタジアム ~2588DAYS~」
及び
8/31にSKE48劇場でおこなわれた、チームE「手をつなぎながら」公演、松井玲奈最終公演をもちまして、
松井玲奈ちゃんが、SKE48を卒業し、一人のソロタレントとしての再出発をおこないました。
いろいろと各種の企画の準備、実施であったり、公演中は全力コールであったり、その後のヲタ仲間との打ち上げであったりで疲れもあり、
そして、やり遂げた充実感と、ある種の喪失感から来る脱力感、虚脱感、
その後はこの間の積み残しの仕事などでばたばたしておりました。
ということで、この3日間をふり返らないといけなかったんですが、エントリーできていませんでした。
まずは、ざっと3日間をふりかえりましょう。
初日、29日のコンサートは、SKE48の未来を感じてほしいということで、玲奈ちゃん個人に焦点を合わすのではなく、玲奈自身が楽曲の選択や演出などをおこなったものでした。
さすがに、豊田スタジアム4万5千のキャパを2日間埋める訳には至らず、4階席は解放されていなかったのですが、その分、濃いファンが集ったのか、盛り上がりも上々。
玲奈ちゃんの意図通り、各所に、各メンバーの見せ場があり、ナゴヤドームのセットリストや演出の雪辱戦が果たせたのではないかと思いました。
特に、楽曲をフルサイズでやることも多く、玲奈ちゃんのこだわりが感じられたものでした。
SKE48がバラを育て見ましたでお世話になっているNewRosesWebのレポート記事がもっとも丁寧に思います。
玲奈ちゃんも3万人も涙! 「松井玲奈・SKE48卒業コンサートin豊田スタジアム~2588DAYS」~1日目終了!
そして、翌日30日は、卒業コンサート本番。
4万5千、フルキャパの大盛況。
われわれは、卒業企画の説明用のうちわの配布作業を、開演ギリギリまでおこない、ばたばたとあわただしく自分の席へ。
しかし、そこからは、松井玲奈のSKE48として最後の大箱の姿を一瞬も見逃すまい、そして、最高のかたちで送り出したいと、約3時間20分メンバーとともに突っ走りました。
その内容は、こちらもNewROsesWebさんの丁寧なレポート
4万5000人が感動の涙! ありがとう! SKE48松井玲奈ちゃん! 会場にはたくさんの花束とファンの歓声が!
さらに、 東スポWebの記事
松井玲奈の“置き土産” 板東英二ショック振り払い「ライブのSKE」復活
そして、個人的には、SKE48のアンセム「仲間の歌」の途中で、玲奈ちゃんが呼びかけ、玲奈ちゃんカラーの緑一色から、オレンジに場内が染まったシーンで、号泣でした。
というのも、1年半前のナゴヤドーム単独公演でのオレンジサイリウムが、諸般の事情から、当時の新曲「未来とは?」の選抜メンバー16名にしか見てもらえなかったという、
⇒みなさま、ご協力ありがとうございました。 SKE48 オレンジサイリウム企画の振り返り
少しの後悔があったのです。
ですが、
⇒玲奈ちゃんに喜んでもらえて、なによりだ(^^)
にあるように、たとえば、今回の卒業シングル「前のめり」のTypdC&TypeDに収録されているドキュメントなど、折に触れ、玲奈ちゃんはあの光景がSKE48の7年間の中で、もっとも印象に残っているシーンのひとつと語ってきてくれていました。
しかし、一方では、玲奈ちゃん自身も選抜メンバーしか見れなかったということが心に引っかかっていたようで、今回、1年半ぶりの雪辱戦をさせてくれたのです。
もちろん、今回は、サイリウムを配布したわけではなく、来場したSKE48ファンのほとんどがカラーチェンジ式スティックライトを持参いただいたおかげではあるのですが、その後に集まった当時の企画委員の打ち上げでも、あの企画に、ようやくきれいなピリオドが打てた、そう促してくれた玲奈ちゃんへの感謝の言葉があふれました。
もちろん、卒業企画としての「枯葉のステーション」での白の統一、
アンコールや「前のめり」での緑の統一、
さらに、 もう一つのユニット曲である「雨のピアニスト」でのこのシーン
も、とてもきれいだったのではありますすが。
そして、最後の挨拶でも、玲奈ちゃんは、このことに触れてくれています。
「皆さん、今日はこの豊田スタジアムのコンサートに来てくださって、本当にありがとうございます。この7年間はあっという間でした。私にとってはひとつひとつが大切な思い出です。
豊田スタジアムに立てたのは、皆さんのおかげです。皆さんがたくさん応援して、いろんなメンバーを見つけてくれたから。
『仲間の歌』でナゴヤドームではメンバー全員で見ることが出来なかったオレンジの光りは、本当に今まで見たことないくらい素敵な景色で、みんなもとても嬉
しそうにしていて、私も嬉しかったです。
これから私は別の道に進みますが、ここで経験したことは、これからの活動だったり、私の人生においてかけがえのな
いものだと思います。それを作ってく
ださった、支えてくださった皆さん、本当にありがとうございます」
正直、企画委員としての自己満足のところはあると思いますが、玲奈ちゃんの心に残るシーンを、オレ(達)がつくれていたんだという達成感、満足感は、言葉では言い表せられないものでしたた。
あと、「手紙のこと」で、同じ一期生の松井珠理奈と大矢真那が、玲奈に手紙を書いてきて、読み上げるというシーンがあったのだが、 報道(例:リアルサウンド「SKE48、松井玲奈の卒業コンサートが終幕 「7年間は体感的にあっという間でした」」)では、珠理奈の手紙が取り上げられていることが多いのではあるが、SKE48ファン的には、
あれは玲奈が初めてAKBさんの選抜に入ったころだったかな。あのころは珍し
くなかった円になっての話し合いのとき、玲奈が「もっと外に向けて意識を持たなきゃダメなんだ」って力説したときがありました。ただ、私も含めて、一気に
飛び出した玲奈に見えた未来は、そのときの私たちには理解できませんでした。今思えば、玲奈の言葉はとても重要だったけれど、逆にあのころのSKE修行時
代に、すでに視線のベクトルが、その方向に向いていたことが、すなわち、今ここに立つ松井玲奈になるべくしてなった、とも言えます。松井玲奈はSKEの夢
です。松井玲奈はみんなの目標です。玲奈、長い間ありがとう。そしてお疲れさま。
という、まさなの手紙の方が、とても心に響いた。
私のもう一つの号泣ポイントでありました。
最後は、翌日31日の劇場公演での卒業公演です。
これは、ほぼ通常のチームE、手をつなぎながら公演で、そこに、卒業演出として、チームEの曲「バナナ革命」、そして「微笑みのポジティブシンキング」、さらに卒業ソロ曲「2588日」を加えたのみとなりました。
いつもの卒業公演だったら、チーム外の同期とか、元の同チームだったメンバーとかも、出演することも多いのですが、玲奈ちゃんはそれを選択しませんでした。
という風に私は理解しています。
そこらへんが、玲奈ちゃんの筋の通し方、潔癖さなのかなと。
SKE48劇場の通路に飾ってある、メンバー写真を、自らの手で取り外し、SKE48劇場の女神は、去っていきました。
幸い、ソロとしてのタレント活動は続けていく、より一層の活躍ができますので、一般人に戻るメンバーの卒業に比べると、暗くはなりません。
応援し続けることのできる喜びをかみしめ、今後も、松井玲奈、そしてSKE48を応援、サポートしていくことを誓った、この3日間でした。
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